橘さんの誕生日お祝い




「お疲れ様でした」

テニスコートに響く数人の声が晴れた空に流れた。

時間的には夕方だったが、八月の半ばであるがため、日が落ちるのが遅い。

まだ、昼間のような晴天が空を覆う。

不動峰中、男子テニス部の練習も終わり、狭い部室で着替えをしていると、

まだ疲れをしないかのような元気な声で橘に声をかけた。

「橘さん、今日これから時間ありますか?」

その言葉に橘と神尾以外の全員が二人に視線を送る。

「別に用はないが…」

言い終らないうちに神尾は笑顔をこぼして小さくガッツポーズをした。

石田と森はさっさと着替えを終えると荷物を持たずに部室を飛び出した。

桜井と内村はまだ着替え終わらない三人を無視して、机の上を片付け始めた。

橘は着替えながら、その様子を見つめていた。



しばらくして、石田と森が戻ってきた。手には両手に納まるほどの箱を抱えてきた。

「やっときた、遅いよ」

深司がぼやきながら、どこからか1.5リットルのペットボトルを数本と紙コップを置いた。

「おい、お前ら、これは一体何の騒ぎだ?」

紙コップに各自飲み物をいれながら、石田たちが持ってきた箱を神尾がバッとあけた。

そこには小さいながらもかわいいイチゴのショートケーキがあった。

「橘さん、誕生日おめでとう」

その後輩の言葉で橘は自分の誕生日ということに気づいた。

「お前ら…ありがとう」

橘は少し照れながらも、お祝いしてくれることに嬉しさがこみ上げてきた。

「橘さん、これ、みんなから」

深司は無地の袋を橘にさしだした。

「まったく、誕生日ごときに余計な気遣いするなよ」

そういいつつも、橘は嬉しそうだった。

しばらく、その部室からは笑い声が続いた。




帰り道、橘と神尾はほかのメンバーと少し後ろを歩いていた。

「橘さん、これ俺から個人的に…」

神尾はカバンから小さい小包をとりだすと橘に手渡した。

「神尾?」

橘は不思議に思いつつも、その包みを受け取り、箱を開けてみた。

そこにはシルバーチェーンネックレスが入っていた。

「橘さんには色々とお世話になってるし、その…俺的には似合うと思って…」

同姓にあげるのが恥ずかしいのか、神尾は言葉に詰まる。

「神尾、ありがとう」

橘は嬉しさのあまり、神尾を抱きしめた。

神尾は突然のことで身体が硬直して、顔が真っ赤になった。

「た、橘…さん…」

「あ、すまない、神尾。今度お礼返しに…」

橘は言葉を濁しながら、神尾を見つめていた。

「俺と遊びに行こう。あいつら抜きで」

そういった。

神尾は考えることもなく、即答で返事をした。

かくして、そんな話が二人の間で行われていたのを知らない五人は和気藹々と歩く。

ただ、神尾の親友の深司だけは気づいていたのかも知れない。

「何だよ、そこは迫るところじゃないの…」

深司は時折後ろを振り返っては二人の様子を伺っていた彼であった。

「気を遣ってバカみたいじゃん、俺…」

しばらくの間、深司のぼやきが空を舞っていた。




後日、神尾と橘が二人で遊びに行ったのは定かではない。



おしまい